Home / ファンタジー / 異世界は親子の顔をしていない / 第12話 ビキニアーマーの王女

Share

第12話 ビキニアーマーの王女

Author: 青砥尭杜
last update Last Updated: 2025-02-03 15:23:55

「マジェスタ様! ダイキ様の御子息はこちらにいると聞きました!」

 弾む声で一方的に用件を口にするビキニアーマーを身に着けた女性は、意志の強そうなアーモンド型の目をカイトに向けるや、

「あっ! あなたですか!」

 と張りのある声を上げた。

「ヴェルデ王女殿下……なんという恰好で……」

 マジェスタが呆れ返った顔で発した咎める声に、ペロッと小さく舌を出すだけで返したヴェルデは、ツカツカとカイトの目の前まで近寄った。

 ヒールの厚いブーツを履いているヴェルデの目線は、平均よりやや高い程度とはいえ百七十四センチはあるカイトとほぼ同じ高さだった。

 光沢すら帯びて見えるパンッと張ったヴェルデの豊かな胸の膨らみにどうしても目が行ってしまうカイトは、異世界に来てから感情と行動に抑制が効いていたはずの自分が、ここにきて丸っ切り動揺してしまっていることに驚きを持った。

 動揺を隠せないカイトへ快活な笑みを向けたヴェルデは、

「はじめまして。わたくしはヴェルデ。王太子ダンドラの長女で、十八歳です」

 と自己紹介を述べながら右手を差し出して、カイトに握手を求めた。

「あ、はじめまして。えー、カイト・アナンです。二十歳です」

 わずかに上擦ってしまった声のトーンを抑えようとしながら答えたカイトが、微苦笑を浮かべながら握手に応じてヴェルデの右手を握ると、ヴェルデは満面に笑みを浮かべてみせた。

 こんもりと主張する露わになった胸元へ視線が行ってしまわないように、カイトは眼球のコントロールに意識を集中させた。

 ビキニアーマー。

 最近でこそコスプレにおけるファンタジー作品の衣裳として、実在の女性が身に着ける姿も見受けるが、基本的にはファンタジー作品の世界でしか存在しえないビキニとアーマーという相反する性質の融合。

 ファンタジーが産み出した倒錯の結晶とも言うべきビキニアーマーを、ヴェルデの肌から匂い立つ香水の薫りすら届く距離で目の当たりにしたカイトは胸のうちで喝采した。

(ビキニアーマーだよ! やっと、やっと出たんだ。異世界ものらしいファンタジーならではの恩恵が今、目の前に……!)

「カイト様。あなたが、わたくしの夫になられるのですね」

 ヴェルデが快活に言い切った言葉で我に返ったカイトは、

「え!?」

 と素っ頓狂な声を上げてしまった。

 ヴェルデの口から出た「夫」という想定外の単語を処理できず困惑するカイトの様子を見かねたマジェスタが、

「ヴェルデ王女殿下……カイト閣下がお困りです」

 と助け船を出した。

「え? そうですか? わたくしはカイト様から、とても好意的な視線を感じますけど。とくに、そう胸のあたりとか」

 ヴェルデがしれっと口にした言葉でスイッチが入った赤外線ヒーターように、カイトの顔がみるみる赤くなる。

「あはっ。新鮮な反応ですね。カイト様は特別なんですから、堂々とご覧になってよろしいんですよ」

 ヴェルデは蠱惑的な笑みを浮かべながら、カイトを惹き付けるように姿勢を前傾させた。

 見事に肉感的でありながらも、若さの溌剌とした明るさを兼ね備えたヴェルデは、カイトの健康な性欲を刺激するには充分すぎる魅力を放つ女性だった。

「……いえ、失礼しました」

 カイトが視線を逸らすように目を伏せたのと同時に、マジェスタがヴェルデに声をかける。

「ヴェルデ王女殿下。戯れはそれぐらいになさってください。それに、その格好はなんですか」

 微かに語気を強めたマジェスタに対し、ヴェルデは悪びれる様子もなくすらっと答えた。

「この実用を無視した前衛的な甲冑は、カイト様がおられた世界で男性が好むものだと、ダイキ様が教えてくださったものです。違いましたか? カイト様」

「あ、いえ、違いませんが……」

 カイトの中で形成されつつあった父親のイメージが大きく音を立てて崩れた。

 同時にビキニアーマーがこの世界の標準仕様ではなく、父親が持ち込んだものだと知ったカイトは途端に落胆した。

(俺の父親は、とんだエロおやじだった……)

 カイトの口から一応の肯定を得たヴェルデは、微笑に安堵の色を含ませた。

「よかったあ……恥ずかしい思いをして特注品を着た甲斐がありました。でも今は、マジェスタ様の雷が落ちる前に失礼するといたしますね。また後で、ゆっくりと、ね、カイト様」

 カイトに向けてウインクをしてみせたヴェルデは、くるっと身体の向きを反転させて書室を出て行った。

 半ば露わになっている、ゆで卵のような丸みと照りを持つヴェルデのヒップはカイトにとって扇情的すぎた。

 カイトはつい目が行ってしまうのを懸命にこらえた。

「驚かれたでしょう。ヴェルデ殿下は明晰なのですが、いささか奔放なところもありまして……」

 呆れた口調で漏らすマジェスタに対して、カイトは小さく首を横に振ってみせた。

「いえ……快活でとても魅力的な女性だと感じました。でも、気になる点はそこじゃなくて……」

 カイトが含ませた疑問を当然のように理解したマジェスタは短く息を吐いた。

「結婚うんぬん、についてでございますね」

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Related chapters

  • 異世界は親子の顔をしていない   第13話 異世界での結婚話

    「俺の結婚に関わる話、というか俺が結婚する前提で、もう話は進んでるってことですか?」 カイトが率直に尋ねると、マジェスタは若干の間を置いてから答えた。「いずれ分かることを隠すような愚は演じません。申し上げます。閣下には王族ないし名家、具体的には御三家いずれかの令嬢と結婚していただく運びで事は既に運んでおります」「……それは、もう決定事項なんですか?」 感情的に否定や驚きで反応することなく確認する問いに徹したカイトに対し、マジェスタはゆっくりとした首肯を返した。「王配殿下の血縁であろう次の召喚に応じられた方は、すなわち聖魔道士であり王配殿下の直系。その方にはこの国で結婚し家庭を持って、ミズガルズの地に根を下ろしていただく……政治的な背景があることは否定できませんが、女王陛下と王配殿下も望んでおられる筋書きでございます」「……そうですか」「閣下は二十歳であられるとなれば、ことは重畳、適齢であられます」 予期しなかった角度で最初に「閣下」と呼ばれた理由が効いてきたとカイトは感じた。 (転移した異世界でいきなり貴族ルート確定。しかも王配の直系ならマジェスタさんが言ってた「こうしゃく」は公爵ってことだろう……いきなり公爵になった異世界でハーレを築く、なんてエロゲーみたいな展開が許される雰囲気の世界じゃないってことは、もう分かってた。でも実際、自分が結婚するかもって状況になると……)「俺がいた世界、日本の感覚じゃ二十歳はまだ早いんですが……ミズガルズでは適齢ですか?」 カイトがありのままの感覚を明かしながら問いで返すと、マジェスタはすぐさま首肯した。「はい。特に王侯貴族の御子息が婚約する年齢としては適齢です。ミズガルズ王国の法律では女性は十六歳、男性は十七歳が婚姻適齢であり、結婚が可能となります。昨今の王侯貴族にあっては、幼少のみぎりに婚約を済ませる事例は減少し、法律に沿った婚姻適齢の前後に婚約する例が増えております」「……それで、先ほどのヴェルデ王女殿下が、俺の婚約者に決まったってことですか?」 諦観に傾く感じを含んだカイトの言葉に、マジェスタは小さく首を横に振ってみせた。「いえ。今はまだ候補者の一人です」「……候補者ってことは、すぐに決められる訳ではないんですね。お互いに考える時間はある、と……ヴェルデ王女殿下は乗り気のようでしたが……」

    Last Updated : 2025-02-03
  • 異世界は親子の顔をしていない   第14話 世界最強

     カイトの様子を配慮したマジェスタは少しの間を置き、コホンと小さく咳払いしてから次の説明に移った。「順序が前後してしまいましたが、この世界の説明を続けましょう。よろしいですか?」「はい。お願いします」「テルスの世界情勢はまさに激動の時代を迎えております。それは蒸気機関や内燃機関などの急速な発達とも重なるのですが……まずはセナート帝国について申し上げましょう」 マジェスタが地球儀に酷似したテルス儀をふたたび指差す。 セナート帝国と聞いたカイトは「父さんのいる国か」と思いながら、マジェスタの人差し指が指し示す大陸を注視した。「その領地が大陸の東端にまで達したセナート帝国は二年前、我がミズガルズ王国に宣戦布告すると国境の島であるペアホースへと攻め込みますが、ダイキ卿が投降するとあたかも目的がそれであったかのように兵を引き揚げました。現在は和睦が成立し、国交も回復しております」「二度目はないと言い切れる状態なんでしょうか」 すぐさま問いで返したカイトに、及第点を与える教師のような首肯をみせてからマジェスタは答えた。「断言できないのが現在の情勢です。セナート帝国は今やテルスで最も大きな大陸であるアフラシア大陸の覇権国家となっております。北はツンドラの地、南はヒマアーラヤ山脈にまで達し、西にあっては次々に小国を飲み込み、現在はピャスト共和国、ロムニア王国、オルハン帝国と接する長い西方戦線を形成しています。セナート帝国のシーマ皇帝は大帝とも称され、パスクセナーティカとも呼ばれる大陸の安定と繁栄を築き始めています」 マジェスタが説明したテルスの情勢を、カイトは地球に当てはめて考えてみた。 ロシアと中国にモンゴルやカザフスタンを合わせたよりも大きな領土を持つ国。途方もない大国だとは思ったが、スケールが大きすぎることで、カイトはぼんやりとしたイメージでしか捉えられなかった。「言葉を選ばずに訊きます。ミズガルズ王国とセナート帝国では、国力の差が歴然としているように思うんですが……」 カイトのストレートな感想をマジェスタはすんなり肯定した。「残念ながら、その直感は合っております。セナート帝国が本気で東征を考えれば……さらに申し上げますと、海洋覇権国家であるブリタンニア連合王国が南方の国々を次々と植民地化しており、その動向も注視しなくてはなりません。さらには、目

    Last Updated : 2025-02-03
  • 異世界は親子の顔をしていない   第15話 禁書

     カイトを引き連れてエルヴァが向かったのは、王宮の左翼に当たる棟の最奥に位置する地下への入り口だった。 地下への入り口に立っていた守衛の男から、灯されたランタンを受け取って地下へと続く階段を下りるエルヴァに、カイトは無言で付き従った。 地下には一つだけ扉があり、エルヴァは真っ黒な鉄で補強された異様に頑丈そうな扉をあっさり開けると、振り返ってカイトに声をかけた。「ここは禁書庫だよ」 ランタンを軽く掲げたエルヴァは苦笑いを浮かべていた。「僕は暗いところが苦手でね。さっさと済ますとしよう」「あ、はい。禁書庫、ですか……」 禁書庫という響きに微かな興奮を覚えたカイトは、ランタンの灯りだけを頼りに禁書庫だという狭い空間に目を凝らした。 狭く空気の籠もった禁書庫の中には、これも必要以上に頑丈な造りが見て取れる大振りな四架の書架だけが整然と並んでいる。 迷いのない挙動で奥の書架に近付いたエルヴァは、「とりあえず一冊でいいかな」 とカイトが聞き取れる程度の声で言いながら一冊の書物を手に取った。「え? 持ち出すんですか? 禁書、なんですよね?」 カイトは驚きを疑問に含めたが、それに答えるエルヴァの口調はいたって軽いものだった。「ああ、問題ないよ、僕は自由に使っていいってことになってるから」 エルヴァは「はい、これ」と気楽な調子で、分厚い革表紙の禁書をカイトに手渡した。 ざらりとした手触りの革表紙が妙にひんやりとしているのを感じながら、カイトが手渡された禁書を胸に抱える。「よし、出よう。暗くて狭い場所は僕のテリトリーじゃない」 嫌気を滲ませてツカツカと禁書庫を出るエルヴァの後に続き、カイトも禁書庫を出て足下の暗い階段を上った。 禁書庫を後にした二人は、王宮の左翼に当たる同じ棟の中央付近に位置する部屋へ移動した。 中庭に面した部屋の窓のサイズが、地球の十九世紀末とほぼ同程度だという時代には有り得ないほど大型で、その採光によって白を基調とした部屋は禁書庫と対極にあるように明るかった。「僕の執務室ってことになってる。まあ、ほとんど使ってないけどね。あ、本はそこに置いて」 エルヴァが部屋の中央に置かれた天板が分厚い机を指差したので、カイトは言われたとおりに禁書を机の上に置いた。「さて、早速だけど、この本はね」 軽い口調のまま禁書の革表紙に手を置

    Last Updated : 2025-02-06
  • 異世界は親子の顔をしていない   第16話 桁違いの強者

    「今のところ僕とシーマ卿だけが使えるってことになってる無属性魔法ってのは、他の属性と違って召喚魔法に特化してるんだよ」 微笑を浮かべるエルヴァは、魔法について説明するというよりゲームの遊び方について教えるといった口調で、放出するオーラから新たに無属性魔法を行使する可能性を見出したカイトへのレクチャーを始めた。「召喚、魔法……」 ファンタジーを題材とするアニメやゲームで見た召喚魔法の派手な演出を思い浮かべたカイトは、オウム返しに単語だけをぽつりと漏らした自分に気付き、慌てて質問を口にした。「その召喚魔法っていうのは、俺をこの世界に転移させた召喚術式とは別物なんですね?」 カイトの質問に対し、エルヴァはコクッと軽くうなずいてみせた。「召喚って同じ言葉を使ってるからややこしいけど、まったく別の系統だね。召喚術式は魔法ですらないし。で、その召喚魔法なんだけど、無属性以外の属性でも行使が出来る召喚魔法はある。ただ、火や土なんかの属性で召喚できる召喚獣ってそれぞれの属性でせいぜい十二、三種類ってとこ。僕たちが使う無属性は召喚魔法に特化してるだけあって、その種類は段違いに多い。天使シリーズが十五種、ギリシアシリーズが二十四種。合わせて三十九種が現時点で確認できてる」 エルヴァが付け加えるように言った「現時点で確認」という部分にカイトは反応した。「現時点で確認できているってことは、未確認のものが存在する可能性もあるってことですか?」 カイトの問いに対して、及第点を与える教師のように「うん」とエルヴァが首肯する。「その点では他の属性も同じなんだけど、魔法っていうのは言い換えれば「呼応する技術」でね。呼応の対象は四大元素だけじゃなくて神性も含んでる。神性を産み出す土壌となる世界は広い上に歴史も深い。探せば未知の召喚獣はいるだろうし、現に未知の召喚獣を求めて研究に没頭するってタイプの魔道士もいる。まあ、世の中が平和になれば魔道士は研究者にもなれるんだろうけど、今は忙しいから研究に時間を費やせる魔道士は少ないけどね」 エルヴァがぼやかした背景に、カイトは敢えて言及してみることにした。「戦争、ですか……?」「いやな時代だよ、まったくね。「戦争が研究を後押しする側面もある」なんてほざく奴もいるけど、僕は嫌いだ」「はい。俺も戦争を肯定的に捉える意見は嫌いです」 目

    Last Updated : 2025-02-07
  • 異世界は親子の顔をしていない   第17話 残酷なランク付け

    「その魔力の量だけでランク、位階は決まるんですか?」 カイトが率直な疑問を口にすると、エルヴァは軽いうなずきを返してから答えた。「そうなんだよね。魔道士の強さは魔力の量だけで決まるほど単純ってわけじゃ当然ないけど、魔力量が重要な要素っていうか強さのベースになっちゃうってのは、どうしてもあるから」「修行というか、訓練とか鍛錬みたいな方法で、魔力の量を増やすことは可能なんですか?」 間を置かずに質問したカイトのテンポに合わせるように、エルヴァもすぐに答えを返した。「ああ、それは無理なんだ。魔力の量って、魔道士としての血が顕現したときに決まってるんだよ。顕現度合とか魔道士としての血の濃さ、なんて言い方もするんだけど。大抵は四歳前後で表れる魔道顕現発達の時点で位階はほぼ決まっちゃって、ある程度は魔道士としての強さも決まっちゃうってこと。その魔力量を正確に測れるのが、ウァティカヌス聖皇国の聖皇なんで、通例として魔道士は十四歳までに聖皇に拝謁する。その拝謁で聖皇が魔力量に応じた位階の叙位と、その子が従三位以上なら称号の授与もセットでやっちゃう。言っちゃえば、まだ子供の頃に決まったランクを一生背負って生きるのが魔道士ってわけ」 生まれ持った才能で一生が左右される世界。カイトは率直に嫌な世界の形だと思った。「なんだか残酷な気もするんですが……」 カイトが感じた嫌な印象を口調に含めると、エルヴァはそれを肯定するようにうなずいた。「そうかもね。ただし、だ。魔道士の強さは魔力量だけで決まらないってのも事実だよ。上位の称号持ちが下位の魔道士に敗れるってのは珍しいことじゃない。実際の戦場だと、上位の称号持ちは地位も高いってのが相場だから、真っ先に狙われるって傾向もあったりするし」「戦い方次第ってことですか」「うん。たとえば土属性のベヒモスとか、水属性のレヴィアタンなんて有名どころの召喚獣は、四十ちょっとの魔力消費で召喚できるのに結構強い。上手く使えば上位の魔道士に対抗できる召喚獣とも言える。あとは、火属性のコーザサタニとかプグヌス・フランマエみたいに、術者がその身体を武器としちゃって直接的に攻撃するタイプの魔法も、究めれば有効なのに消費する魔力は少なくて済む。魔力量それ自体は変えられないけど、戦闘の練度は変えられるからね……さて、話がちょっと逸れたかな」 エルヴァが

    Last Updated : 2025-02-08
  • 異世界は親子の顔をしていない   第18話 天使

    「僕はちょっと手配してくるから、カイト君はその本でも読んで待っててくれるかな」 エルヴァの指示に従うことは、無自覚ながら既にカイトにとって自然な反応となっていた。「はい。分かりました」 カイトは自然な反応として素直にうなずいた。 エルヴァが軽い足取りで執務室を出て行くと、未だ夏の気配を残す白昼の日差しが射し込む明るい執務室に一人残されたカイトは、エルヴァの指示に従っていると自覚することもなく禁書を手に取ってページをめくった。 アルケーの次は、エクスシーアという天使が記されたページだった。 黄金色の甲冑に緋色のマントを身に纏い、背中には白い翼。その姿を伝える細密な具象画を見て、カイトは勇ましい姿の天使だと思った。 アルケーの時と同じように、エクスシーアを説明する文が脳にじわりと染み込んでいくような感覚があった。 ゾーンに入ったときの勉強、集中して暗記科目を勉強している時の感覚に近いが、さらに速く深く染み込んでいく感覚は不思議とカイトにとって気分がよいものだった。 エクスシーアの次は、デュナメイスという天使が記されたページだった。 金色の甲冑を身に纏い背中には大きな白い翼。長い槍を持っている。 デュナメイスのページもすらすらと読み終えて、カイトはページをめくった。 デュナメイスの次は、キュリオテテスという天使が記されたページだった。 漆黒のローブを身に纏い、左手に王笏……というより魔法少女が持つ魔法ステッキに近いとカイトが思った杖を持っている。 背中に白い翼があるのはアルケー、エクスシーア、デュナメイスと同様だったが、甲冑ではなくローブを身に纏っていることもあって、どこか兵士の印象を含んでいる今までの天使とは毛色が変わったようにカイトは感じた。 キュリオテテスを説明する文もすんなり読み終えたカイトが、次のページをめくろうとしたとき執務室にエルヴァが戻ってきた。「お待たせ。じゃあ、行こうか。禁書は持ってきて」「はい」 素直に応じたカイトは禁書を左手に持ち、エルヴァと一緒に執務室を出た。 王宮の左翼に当たる棟から出ると、馬車なら五輛が並んでも余裕がある広い車寄せに、屋根付きの豪奢な二頭立ての四輪馬車とエルヴァの秘書だという初老の男性が待機していた。 カイトとエルヴァを乗せた馬車は、王都プログレの目抜き通りを優雅に進んだ。 馬車の乗

    Last Updated : 2025-02-10
  • 異世界は親子の顔をしていない   第19話 チュートリアル

    「よし。あっさり召喚できたね。きみは筋がいい。アルケーは見ての通り白兵戦向けの天使だ。僕も召喚するから、ちょっとした手合わせでもしてみよう。実際に動かしたほうが説明するより早いだろうしね。エクスシーア」 エルヴァは語尾に何気ない調子で「エクスシーア」と付け加えただけで、エクスシーアの召喚を行使してみせた。 黄金色に輝く甲冑を装着したエクスシーアは、左肩にだけ掛ける肩掛けのペリースと呼ばれる緋色のマントを身に着けていた。背中にはアルケーと同様の白い翼をもっている。 エルヴァが召喚したエクスシーアを前にしたカイトの目には、自分が召喚したアルケーよりも格段にランクが高い天使のように見えた。 禁書に記載された順ではアルケーの次のページがエクスシーアだったはずと記憶を辿りながら、ランクが一つ違えばその差は思ったよりも大きいんだろうとカイトは推測した。「頭の中でアルケーを動かすイメージを浮かべれば、それに連動してアルケーは動くよ。慣れちゃえば自分の手足の延長みたいに操作できる。とりあえず動かしてみよう」 カイトは「はい」と短く応じると、エルヴァから言われた通りにアルケーが動くイメージを頭に浮かべてみた。 するとカイトがイメージした通りに、アルケーは右手に握った長剣を一振りしてからエクスシーアに対して中段に構えた。 エルヴァが言っていた操作するという感覚を、初動で掴みかけたカイトは面白い感覚だと思った。 カイトがアルケーを動かし、長剣の切っ先をエクスシーアに向けて構えさせたのを見たエルヴァは満足げにうなずいてみせた。「いいね。きみは飲み込みも早いようだ。じゃあ、次はアルケーを操作してエクスシーアに攻撃してみようか」 エルヴァの指示を聞いたカイトは、ゲームのチュートリアルみたいなものだと指示の趣旨を理解した。「分かりました。やってみます」 リモコンで操作するロボットだと思えばそれほど難しいことじゃないと考えたカイトは、思いのほかスムーズにアルケーをスタートダッシュさせてみせた。 カイトが操作するアルケーは、中段に構えていた長剣を上段に構え直すと駆ける勢いのままエクスシーアに斬り掛かった。 なめらかなファーストアタックで先を取ったかに見えたアルケーの一振りを、エクスシーアは最小限の動きで躱すや反撃に移るモーションをカイトの目では捉えられない速さで完了さ

    Last Updated : 2025-02-11
  • 異世界は親子の顔をしていない   第20話 弟子

     無属性魔法の召喚に関する一通りの説明を終えて、カイトと一緒に馬車へ乗り込んだエルヴァは気楽な口調のまま次の予定を口にした。「帰る前に、ちょっと寄り道するよ」「寄り道? ですか?」「うん、寄り道。テーラーで採寸しちゃおう。軍服のね。魔道士には必需だからさ。今頃、店主が慌てて準備してるんじゃないかな」 軍服と聞いたカイトはあらためてエルヴァの服装に目をやった。 エルヴァは燕尾服やタキシードといった礼装の原形となった黒のフロックコートを着ていた。 カイトの視線に気付いたエルヴァは微笑みを微笑む。「僕は軍服が嫌いなんでコートで外出することが多いけど、通例としては魔道士が人前に出るときには軍服を着るってことになってる。僕は例外。そもそも筆頭魔道士団の顧問ってのが例外的だからね」「そうなんですね……軍服、ですか……」「きみも軍服が嫌いだったりする?」「いえ、好きとか嫌い以前に、軍服なんて着たことがないので」「そっか。まあ、すぐに慣れるさ。きみが着てる服は、きみがいた世界で一般的なもの?」 エルヴァに服装のことを訊かれて、カイトは自分が全身ユニシロというファストファッションコーデであることを思い出した。「そうですね。ごく一般的な服装です」「簡素で動きやすそうだけど、これからきみが立つことになる場所だと、ちょっと簡素すぎるかもね。ちょうどいいから紳士服店にも寄って既製服も見繕おうか。下着なんかも用意しなくちゃだし」「はい。お願いします」 エルヴァの指摘はもっともだと感じたカイトは素直にうなずいた。 自分の服装はどうにもこの世界、特に接する人物たちが王侯貴族という社会では浮いていると感じていたカイトにとっては、渡りに船な展開でもあった。 カイトとエルヴァを乗せた馬車は、王都プログレの目抜き通りに面するテーラーの前で停まった。 王室御用達の看板を掲げた二階建てのテーラーだった。 高級感が漂う店内の空気にかすかな緊張を覚えるカイトとは対照的に、エルヴァはくつろいだ様子だった。 カイトの採寸は店主が自ら行った。職人ならではの店主の見事な手さばきに接したカイトが感心しているうちに採寸は済んでいた。 テーラーを出たカイトとエルヴァが次に訪れた同じ目抜き通り沿いに店を構える紳士服店も、王室御用達の看板を掲げていた。 紳士服店に先回りしたエルヴァの

    Last Updated : 2025-02-12

Latest chapter

  • 異世界は親子の顔をしていない   第88話 異世界の戦場で、互いの顔を知る子と父

     アクーラが発した「ダイキ」の名に反応したカイトは、クラリティの前まで駆け寄ると父親の名前であるかを真っ先に確認した。「その、ダイキというのは、ダイキ・アナンですか?」「はい。聖魔道士であるダイキ・アナン卿です」「そうですか……」 言葉をつまらせたカイトへ寄り添うように、傍らへと歩み寄ったファセルが柔らかな声を掛ける。「カイト卿のお父様ね……魔道士団を構成する魔道士が十二名を超えたときには、通例として空位とされる第十三席次。その第十三席次に、ダイキ卿が就かれた。残酷だけれど、問われているわね。カイト卿の覚悟が」「……ええ、思ったより早かったですが……俺の覚悟が問われる局面ですね」「どうなさいます?」 ファセルの問いかけに対し、カイトは前を見据えたまま答えた。「……戦いましょう。俺は、トワゾンドール魔道士団の首席魔道士として遠征に加わりました。やらなきゃいけないことは、分かってるつもりです」「お父様と矛を交える事態にも、立ち向かう覚悟がお有りなのね?」「……はい。今の俺には、肉親よりも優先しなきゃならない使命があります」「結構。その覚悟が決まっているなら、わたしたちがカイト卿の矛となってさしあげましょう」「ありがとうございます。お願いします」 ファセルに向けて頭を下げたカイトの肩を、アクーラがグッと抱き寄せる。「このアクーラ・ウォークレットも付いてますからねえ。御安心召されよ、ってなもんなんですよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」 アクーラの性格に救われた気がしたカイトは、固まっていた表情を微かに緩めて礼を述べた。 カレラはゆっくりとクラリティへ歩み寄ると、敵の主体であるラブリュス魔道士団に籍を置く魔道士たちの所在を訊ねた。「クラリティ卿。我々の敵となる魔道士たちは、今どこに?」「街の中央に位置する、広場に集合しています」「一般の兵は?」「後方支援に当たる一般の兵が小隊規模で帯同していますが、広場にはいません。ヒンドゥスターンの国軍に属する一般の兵が接収されることもなく、ラブリュス魔道士団と第六魔道士団に属するセナート帝国の魔道士だけが広場に集まっています」「そうですか。では、案内願えますか?」「はい。こちらです」 すぐさま首肯を返したクラリティの先導で、カイトら十名の魔道士で構成されたは四ヶ国の混合部隊

  • 異世界は親子の顔をしていない   第87話 無念を晴らす者

     カイトら十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた大型汽船は予定した航程を無事に進み、七日後となる四月十一日の朝に目的地であるベンガラの南東に位置する港湾都市チッタゴンの港に入港した。 セナート帝国側の抵抗を警戒した十名は、チッタゴンの港へ入港するのに合わせて甲板へ集合して哨戒に当たったが、港にはセナート帝国の魔道士はもとより、一般の兵の姿もなかった。「妙ですねえ……チッタゴンはどうでもいいってことですかねえ」 アクーラがぼそりとこぼした感想に、カレラはうなずきを返しながら答えた。「セオリーを無視するのはセナート帝国のお家芸だと聞いてはいたけど、実際に接すると気持ち悪いものね……ベンガラで迎え撃つ算段なのか、あるいは、すでに王都デリイに向けて全勢力で侵攻しているのか……」 ファセルが「どちらにせよ」と前置きを返してから、方針を口にした。「わたしたちの目的地が、ベンガラであることに変わりはないわ。早々に向かうとしましょ」 カイトたちを乗せた汽船は停泊の間を取らずに出航すると、ベンガラへの主要な交通手段として機能する深い河川を北上した。 何事もなく北上を続けた汽船は、昼前にはベンガラの河川港へと入港した。 カイトら十名の魔道士はチッタゴンに到着した際と同様に、甲板へ出て周囲を警戒したが、河川港にもセナート帝国の魔道士や兵の姿はなかった。 奇妙な静けさに対する気味悪さと拍子抜けを同時に感じながら、カイトはベンガラの河川港に降り立った。 河川港には最低限の着港に必要な作業員以外の人影はなく、警鐘だけが鳴り響いていた。「出迎えは警鐘だけですかあ。拍子抜けですねえ」 アクーラが全身を伸ばしながら感想をもらしたタイミングで、アクーラと共にメーソンリー魔道士団から遠征部隊に加わったエランが、前方を見据えながら警戒を促すようにアクーラへ声を掛けた。「その出迎えが、遅れて来たみたい」「おっと……あれえ? 一人ですかあ。というか、あの軍服……」 四ヶ国の筆頭魔道士団から選出された十人の魔道士に向かって、まっすぐに歩を進めるのはアパラージタ魔道士団の軍服を着たクラリティだった。 一人きりで四つの色が混合する十名の魔道士へ近付くクラリティの顔には、緊張の色がありありと表れていた。 アクーラはこちらに向かってくるクラリティを迎えるように、軽い足取りで歩み寄

  • 異世界は親子の顔をしていない   第86話 大任を背負う者たちの宴

     天候に恵まれた四月四日。五ヶ国間での正式な締結を目前とする軍事同盟を構成する四ヶ国で、各々の筆頭魔道士団に籍を置く十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた汽船は、予定通りに正午の時の鐘に合わせてウァティカヌス聖皇国の港から出航した。 無用の犠牲を避けたいというカイトの意向と、四ヶ国の筆頭魔道士団に所属する魔道士で編成された連合部隊という背景によって、後方支援に当たる一般の兵すら含まない十名の魔道士のみとなった遠征部隊。その規模には不釣り合いな聖皇国の手配した大型の汽船の船上では、出航直後から酒が振る舞われた。戦地へと赴く緊張を緩和させるためというのが一応の名目ではあったが、緊張した様子をみせるメンバーはいなかった。 中でも列強の筆頭魔道士団においてエースナンバーである第三席次を預かる魔範士、アクーラ、カレラ、ファセルの三人は前日の壮行会の余韻を楽しむかのように酒を酌み交わしていた。 三人の姿に触れたカイトは強者の余裕を垣間見た気がした。「カイト卿。飲んでますかあ?」 アクーラは声を掛けながらカイトに近付くと、右隣に腰掛けて半ば空いていたカイトのグラスにワインを注いだ。「あ、はい。どうも……」 カイトにとっての天敵。刃を交えるような事態は最優先で避けるべき存在である四人のうちの一人。 召喚した存在を憑依させることで自身を強化する反則級の魔道士であるアクーラが、肩が触れあう距離にいるという事態に、カイトは恐縮を隠すことができなかった。 カイトの反応を見たアクーラが、その豊満な胸を突き出してポンと右手で叩いてみせる。「このアクーラ・ウォークレットが一緒なんですから、安心して呑んでくださいよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」「カイト卿はあ、いつでも、そんな感じなんですかあ」「そんな感じ、とは?」「えーとですねえ。冷静とはちょっと違ってえ、腰が低すぎる感じ?」「そうでしょうか?」 カイトが微苦笑を浮かべながら答えると、アクーラは語尾を伸ばす口調のままで指摘を口にした。「そうですよお。カイト卿は太魔範士で聖魔道士の首席魔道士なんですから、もっと堂々としてなきゃダメなんですよお」「魔力を持っているだけの駆け出しですよ、俺は」「いいですねえ。力への慢心が無いってのは、戦場では大事なことですよお。でも、力に見合う態度ってのが大事に

  • 異世界は親子の顔をしていない   第85話 第十三席次の男

     当初の見積もりよりも大幅に延びてしまった滞在に進んで付き合ってくれるだけでなく、独断と責められても文句の言えない今回の決断にも快く応じてくれるアルテッツァとセリカ、ステラの三人に向けてカイトは頭を下げた。「ありがとう……今回の遠征では太魔範士じゃなく聖魔道士として、ヒーラーの役割を果たしたいと思ってる。この身体は三人に預けます」 カイトの意思を聞いたセリカが「お任せ下さい」と朗らかな笑顔で答えながら、自分の胸をポンと叩いてみせる。 続けて「必ずお守りします」と答えたピリカも、やわらかな微笑みを浮かべてみせた。「お願いします」 三人に向けてもう一度頭を下げたカイトが、セリカとピリカの笑顔につられるように微笑む様子を見たアルテッツァが、会話を次に進める切っ掛けの仕草としてあごに手をやってから口を開いた。「それにしても……ファセル卿とカレラ卿、そして、あのアクーラ卿が同じ部隊に揃う姿を、この目で間近に見ることになるとは……当分は酒の席での話題にも困らないな」「その三人は、それだけ特別ってことか……」 あらためて今回の陣容を思い浮かべたカイトの呟きに、軽くうなずいてからアルテッツァが答えた。「ファセル卿とカレラ卿は西方を代表する魔範士として知られてるからね。アクーラ卿に至っては「鬼神」とも呼ばれた圧倒的な戦闘力で戦功を上げ続けた結果、出自やパトロンといった政治的な駆け引き無しに、格式を重んじるブリタンニア連合王国の筆頭魔道士団メーソンリー魔道士団の第三席次に就いてしまった。二十三歳で既に生きる伝説として語り種にもなってる御仁だ。それを抜きにしても、治癒魔法のみを行使するダイキ卿を含めても世界に二十人しかいない、魔範士が三人揃うだけでも凄いことだからね」 アルテッツァが挙げた理由の中でカイトが驚いたのはアクーラに関してではなく、ダイキについての事実だった。「なんか場違いでゴメン、だけど……父さんって、魔範士だったんだ?」 カイトの反応に驚いたアルテッツァは、目を丸くしてから明るい笑い声を上げた。「まさか知らなかったとは……いやあ、聖人の血筋には驚かされてばかりだ」「だよね……正直、父さんにはいまいち関心が薄いっていうか……掴めない存在だから考えないようにしてるっていうか……」 カイトの素直な打ち明けを聞いたアルテッツァが、同感を表すようにうん

  • 異世界は親子の顔をしていない   第84話 国威の示し方

     遠征に自ら参加すると表明したカイトに対し、心配の表情を浮かべたヴァルキュリャが声をかけた。「カイト卿。卿は筆頭魔道士団の首席魔道士として貴国の国防を預かる身です。首席魔道士は国威の象徴として存在するのも役割の一つ。当然、それを承知の上での発言かとは思いますが……ここは、敢えて問います。本当に御自身が赴かれますか?」 カイトはゆったりとした頷きをヴァルキュリャに向けて返すと、努めて静かな口調で答えた。「ミズガルズ王国の現状を考えれば「俺が出る」のが最適解だと思います。俺は太魔範士であると同時に、治癒魔法を行使する聖魔道士です。俺が遠征に参加すれば、今回の遠征が持つ意味を担って戦地に赴く魔道士の方々の生存率は格段に上がります。それに、この場限りということで正直に打ち明けてしまうと、ミズガルズの国力は今回の同盟を結ぶ国の中で一段、低いのが現状です。ミズガルズ王国が同盟の中で役割を持つ、本当の意味で魔法国家として世界に認識されるには、首席魔道士として国威を背負う俺が直接、戦功を上げるのが最も分かりやすくて効果的だと考えています」 カイトの言い分を聞いたヴァルキュリャは「そうですか……」と短く呟き、理解を示しながらも心配の表情を変えることは無かった。 遠征に自ら参加する理由を打ち明けたカイトへの賛同を口にしたインテンサだった。「カイト卿の英断を尊重したいと私は考えます。さらに言えば、戦地へと赴く魔道士たちの安全を鑑みたカイト卿の思慮に感謝を申し上げる。卿の身の安全を優先するよう、同行することとなるカレラ卿には確と下命しておきましょう」 賛同を示してくれたインテンサに対して「ありがとうございます」と頭を下げたカイトの姿を見たシオンは、納得の表情を浮かべながら口を開いた。「わたしもファセル卿へしっかりと伝えておきます。今回の遠征を担う主要な顔触れは、以上で決定としてよろしいかと思いますが」 確認する間を置いたシロンが反論の無いことを受けてクーリアへと目配せすると、首肯を返したクーリアが会談を締めた。「遠征に関する四国の賛同と、遠征を担う魔道士についての人選も得られましたので、この会談はここまでとしたく思います。遠征の準備が整い次第、聖皇国から出航するという事で手配に入りたいと考えます。聖皇国としても出航までは全面的に協力することを、この場で約束いたします」

  • 異世界は親子の顔をしていない   第83話 挑発への対処

     ヒンドゥスターン王国への侵攻を開始したセナート帝国の部隊が、ヒンドゥスターン王国の北東に位置する重要拠点であるベンガラを占拠したという報せは三日後の三月二十七日、ウァティカヌス聖皇国に滞在するカイトの元に届いた。 セナート帝国による侵攻の報を受けて、翌日の昼過ぎには対応を協議するための会談が聖皇の宮殿を会場として用意された。 聖皇国に滞在して同盟の締結に向けての調整に動いていたカイトら四名の首席魔道士と、宰相に就いた直後で王都を長く離れることが難しいドゥカティに代わり、聖皇国への訪問という形を取りながら滞在しているビタリ王国の外相ビモータ。そしてオブザーバーとして議事の進行を兼ねるクーリアの六名のみが会談に参席した。 進行役を兼ねるクーリアの、状況を整理する説明から会談は始まった。「三月二十四日。早朝の宣戦布告から、わずか数時間後にはセナート帝国のラブリュス魔道士団に在籍する六名、及び第六魔道士団の十二名で編成された部隊がベンガラへと攻め入りました。セナート帝国の南方元帥として知られるアリア卿が指揮する部隊は、ヒンドゥスターン王国のアパラージタ魔道士団に属していた二名の魔道士と、ブリタンニア連合王国のメーソンリー魔道士団から派遣されていた二名の魔道士を討ち取り、重要拠点であるベンガラの街をその日のうちに占拠しています。その際、アパラージタ魔道士団の第三席次に就いていたクラリティ卿は投降したとの事。まず、未だ正式な締結には至っていない同盟として、動くか否かを協議するべきかと考えます」 クーリアが説明を締めたのを受けて、シロンが蒼い瞳をヴァルキュリャへと向けた。「ブリタンニア連合王国としての正式な表明を待つまでも無く、メーソンリー魔道士団としては動かざるを得ない事態かと思いますが」「はい。シロン卿の仰る通りです。メーソンリー魔道士団は動きます」 シロンの問い掛けに対し、ヴァルキュリャはすぐさま明言をもって返した。 インテンサが長く骨張った両手の指を組み合わせたまま口を開く。「五国間の同盟、とは言っても実質は四国による軍事同盟ですが……いずれにせよ軍事同盟については未だ実務レベルでの協議中であり、正式に締結はされていない。しかし、その協議に要する時間を狙ったかのように、同盟の主たる仮想敵国であるセナート帝国が起こした侵攻であること。宣戦布告と同時に

  • 異世界は親子の顔をしていない   第82話 戦闘狂の正体・クラリティ(Ⅰ)

     刹那にも思える短い時間で四つの命を奪い、次の刹那には自分の生殺与奪を握ったベルゼブブが消えたことで、クラリティは浅くなっていた呼吸を整えるように短く息を吐いた。 無邪気だからこそ残酷な子供の笑みを浮かべて目の前に立つ可憐な少女が、十六歳にしてセナート帝国で四方を預かる「四人の元帥」の一人として南方を任されている天才魔道士でありながら、戦闘狂として知られることで「狂乱の魔範士」とも呼ばれる存在だと、頭では理解できてもクラリティの感情は理解に追い付いてくれることはなかった。 「一つだけ……お伺いしても、よろしいですか?」 緊張で喉が詰まりながらも問い掛けを口にしたクラリティに対し、アリアは屈託のない笑みを向けて応じた。「うん。別に一つじゃなくてもいいよ? なに?」「今回の侵攻、その主な目的は、ヒンドゥスターンの併合では無いのですか?」「そうだよ。まあ、表向きはソレ? ってことになってるけど。ここに即席の仲良しごっこ同盟をおびき寄せるの。今回はそれがメインディッシュになるんだよね」「軍事行動そのものが目的、だとおっしゃるのですか?」「その把握で合ってるよ。まあ、卿は見物してればいいからさ。滅多に観れないショーが拝めると思うよ?」「……ショー、ですか?」「そう。遊びみたいなもんだよ。ボクにとって、きっと陛下にとっても、ね」 軽い口調でポンポンと答えるアリアの言葉は、クラリティにとってどこか異界に棲む妖怪の言葉のように聞こえた。 真相を隠そうとしているのではなく、隠さずに語る真相そのものが、自分の理解できる範疇を越えているんだろうとクラリティは感じた。「アリア卿と、皇帝陛下にとっての、遊び……には、この侵攻自体が含まれる、という意味ですか?」「陛下が遊びって言うのを直接、聞いたことはないけど。ちょっと考えれば分かるよ。本気で攻め込んじゃえばスグに飲み込めたロムニアとかピャストを残しておくために敢えて膠着させてた西方戦線とか、落とすならもう絶好のタイミングだった二年前のミズガルズ、とかさ? どう考えても面白くなるタイミングまで待ってるでしょ。陛下って」 理解できる範疇を越えていると感じた自分の直感は当たってしまったんだと、クラリティは諦観にも似た落ち着きを取り戻した。「アリア卿にとっても、戦争は「遊び」なのですか?」「戦争そのものは、遊び

  • 異世界は親子の顔をしていない   第81話 死の飛翔

     ヒンドゥスターン王国内では精鋭とされる魔錬士として、十二名から成る筆頭魔道士団の席次に就いていたフリードとビートを、圧倒的な力量差であっさりと処理したアリアは顔色ひとつ変えることなく、ベルゼブブを召喚したままでツカツカと街の中心部に向かって歩き続けた。 アリアの軽快な足取りに合わせて、リラックスした表情を浮かべるヴァイオレットとシルビア、鋭い視線で周囲を警戒する第十四席のギャランが後に続いた。 ベンガラに暮らす住民たちは既に建物の中に引き籠もっており、無人となった街には警鐘だけが鳴り響いていた。 アリアは街の中心に位置する、大きな噴水のある広場で足を止めた。「さて、と。ここで待とっか。人の姿は見えないけど警鐘は鳴ってることだし、あっちから来てくれるでしょ。暑くてもう、歩く気しないしさ」 アリアが軽い口調のまま待機を指示した数分後。 噴水のある広場からほど近いベンガラの役場に詰めていた、メーソンリー魔道士団の軍服を着た壮年の魔道士が二人と、アパラージタ魔道士団の軍服を着た若い女性魔道士が広場に駆けつけた。 緊迫した様子で近付いてくる三人の姿を見たアリアは待ちくたびれた口調で「やっと来た」と呟きながら、呑気なあくびを漏らしてみせた。 背恰好の似た壮年である二人の魔道士は、アリアが召喚しているベルゼブブを目視すると顔を見合わせ、うなずき合うと同時に揃って召喚獣の名を喚んだ。「「タロース!」」 二人の重なった詠唱に応じて出現した、二つの直径二メートルほどで緑色に発光する魔法陣から、全身が青銅色の装甲で覆われた身長三メートルほどの人型をした二体のタロースが姿を現わす。 二体のタロースを見たアリアは、退屈であることを隠さず口にした。「ベルゼブブに対して耐刃性能に優れるタロースを選んだ、ってことなんだろうけど……まあ、土の属性魔法を使う魔道士として間違ってないだけで、平凡すぎるよね」 壮年の魔道士の一人が、泰然とした様子のアリアに奇妙な違和感を覚えながらも声を張り上げた。「ラブリュス魔道士団が、ベンガラの地に何用だ!」 切迫が声に現れている壮年の魔道士とは対照的に、アリアがくつろいだ口調のまま答える。「えーと、アルナージ卿かな? それともカマルグ卿? まあ、どっちでもいいんだけど。セナート帝国はね、今朝、ヒンドゥスターン王国に宣戦布告したんだよ

  • 異世界は親子の顔をしていない   第80話 怨嗟すら浮かばない涙

    「宣戦布告も済ませた戦争で、この戦い方が国際法ギリギリなのは承知してるけど。面白くなさそうだったし、まあ、お互い最低限の口上は済ませてたし、ってことで。遅いんだもん。召喚前に「ちくしょう」とか言ってるようじゃ問題外だね」 アリアは吐き捨てるように呟くと、ベルゼブブを召喚したまま軽い足取りで歩き出した。 ラブリュス魔道士団に籍を置く三名が無言でアリアの後に続く。 けたたましい警鐘が鳴り響く中、アリアがベンガラの中心区画に足を踏み入れたタイミングで「クッレレ・ウェンティー!」と風の属性で基本となる魔法を詠唱する少年の声が、アリアたちの耳に届いた。 自身の速度を強化するクッレレ・ウェンティーによって高速で駆ける少年が、アリアに向かって一直線に接近する。 アパラージタ魔道士団の軍服を身に纏う少年の、左肩でたなびくマントに標されたナンバーはⅫだった。「シーカ・ウェンティー!」 少年は駆ける足を止めること無く詠唱を済ませ、風の力で成形された短剣を右手に現出させる。「ラーミナ・ウェンティー!」 少年は立て続けに風の属性魔法を詠唱するのに合わせて、アリアを指すように左手を突き出した。 風の力を刃状に成形して射出するラーミナ・ウェンティーを行使した少年の、左手から撃ち出された風の刃が回転しながら高速でアリアに迫る。 アリアは何ら反応することなく、歩く足を止めることさえしなかった。 平然と歩き続けるアリアに代わって動いたのはベルゼブブだった。 互いに近付いているアリアと少年との間に瞬間的に割って入ったベルゼブブは、脚の先に発生させた風の刃で少年が放った風の刃を難無く叩き落とした。「チッ……!」 舌打ちした少年は、右手に握っているシーカ・ウェンティーによって現出させた風の短剣を投擲した。 ベルゼブブが短剣を叩き落とす隙に、少年がアリアとベルゼブブから距離を取る。「うん。まあ、なかなかと言っていい動きかな? キミ、名前は?」 アリアが戦闘の緊張を欠片も含まない口調で、少年の魔道士に声をかけた。 少年はベルゼブブから目を離さずに答えた。「ビート……アパラージタ魔道士団、第十二席次のビート・ハセックだ!」「ふーん。ボクはアリアだよ。で、ビート卿。称号はお持ち?」「……魔錬士、だ」 ビートがベルゼブブを警戒しながらも素直に答える。「そっかあ……そ

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status